2020年12月8日火曜日

【リハビリの夜】源さんがインタビューで取り上げていた1冊

 



雑誌「ダ・ヴィンチ」2020年12月号掲載のインタビューで、星野源さんが取り上げていた1冊。

雑誌のインタビューって、普段はあまり面白いと思うことが少ないのですが、この星野源さんのインタビューは、なんか良かった。たぶん、私好みの本が挙げられていたこと、この本を読んで源さんが感じたことを読むことができ、なるほど、なるほど、と思ったからだ。

熊谷晋一郎さんの著書「リハビリの夜」
障害のある人が自分の身体について、どう感じているのか、捉えるのか。
熊谷さん自身が、自分の身体やその感覚について感じていること、考えていることを
書いている。

この本を読んだとき、「もしも、私の身体に障害があったら」と想像したところで及ばない、もやもやした、掴みきれない感覚があるのだと知った。

想像しても「分からない」ものがある。
そのことを自覚することは重要なのかもしれない。
ただ、「分からない」ということを前提にすると、
相手との間に「壁」をつくるような気もした。
それから、しばらく、障害の有無による身体の違いと、人間関係の距離ということについて考えたと思う。結局、その後、特に何か、答えが出たわけではなかったけれど。

もう、ずいぶん前に読んだので、細かい内容は覚えていない。
源さんのインタビューを読んで、改めて読んでみたくなった。


2020年12月2日水曜日

部活が嫌いだった



 中学生の頃、「部活」が嫌いだった。

演劇部に所属していて、演劇そのものは好きだったのだが、「部活」に伴う慣習が嫌いだった。

1つ学年が違うだけで、先輩、後輩と位置付けられ、先輩から後輩に向けて様々な「指導」が発生する。

「分かった?」「ハイっ!」

「返事は?」「ハイっ!」


それって、必要?
それって、意味があるの?
まるで、軍隊の訓練みたいに思えるような行動を強いられるのが嫌いだった。

挨拶や返事、言葉遣いや態度は、大切なものだと思ったけど、部活に伴う慣習は、なんだか理不尽に感じるものが多かった。そういうものなんだと、自分で自分に言い聞かせて過ごしていたけれど、気持ちがよいものではなかった。

こんな慣習、部活なんて仕組み、辞めたらいいのにとずっと思っていた。

大学卒業後、京都に住み、最初の職場でお世話になった高松平蔵さんによる、

最新刊「ドイツの学校にはなぜ、「部活」がないのか」

これは、気になる1冊です。


2020年11月18日水曜日

【小学生がフランスの台所で教わったこと】やりたいことにまっしぐらになれる子は、親の背中を見ている

 

 長野県で暮らしている小学生のケイタくんが、
お母さんと一緒にフランスに行き、
知り合いを尋ねて、子どもでも作れるお料理を教えてもらい、
レシピや作り方を紹介している本。

ただ、この本は、「旅」や「お料理」の本というよりも、
ケイタくんの姿を通して、
「子育て」や「教育」の在り方について考えさせられる本だ。

子どもの「自分でやりたい」「やってみたい」という気持ちを受けとめて、
リスクがあることにもチャレンジさせることができるかどうか。
試されているのは、大人、親だろうなと思う。

この本を読んでいると、ケイタくんの姿を通して、お父さん、お母さんの姿が浮かんでくる。両親の価値観、暮らし方が、子どもの姿に反映されているのを感じる。
「やりたい」ことにまっしぐらになれる子どもは、
「やりたい」ことを実現している親のもとで、育つのだろう。




料理大好き小学生がフランスの台所で教わったこと

2020年10月30日金曜日

【家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった】笑って、泣いて、元気になれる一冊

 
 笑って、涙して、元気になれる一冊。 

 家族のことを書いているエッセイ本は、世の中にたくさんあるけれど、 この本に書かれているような家族は、そう多くはいないように思う。 

 家族3人、  
著者の視点から捉えられた車いすユーザーの母、ダウン症の弟は、かなり素敵だ。 

そういうふうに捉えられること、そのことが、素敵なのだ。 

読みながら、声をあげて笑い、
涙とともに鼻水が流れてもいいように、
自分の部屋で、一人で読むのをお勧めする。


  

2020年10月22日木曜日

【須賀敦子の旅路】あの頃、よく分からなかった理由

 

 

あの頃は、よく分からなかった。
その理由が、今は、分かる。

10代や20代では、分からない。
社会に出て、他人との間で揉まれて、自分にできる役割や仕事について考えたり、葛藤したり、挫折したりする経験をしたうえで、初めて味わえるものがあるのだと思う。

 作家・須賀敦子の作品「ミラノ 霧の風景」を初めて読んだのは、 大学生の頃だった。
正直なところ、どんな作品だったのか、 どんなことを感じたのか、よく覚えていない。 

当時の私では、須賀が「ミラノ 霧の風景」に書いたものを受けとめたり、くみ取ったりするのは難しかったに違いない。

そのことが、大竹昭子さんの著書「須賀敦子の旅路」を読んで、はっきりと分かった。

 「須賀敦子の旅路」は、著者が須賀敦子の作品の舞台となったイタリア・ミラノ、ヴェネツィア、ローマなどを訪れ、歴史や風景に触れ、須賀に縁のあった人からの話を交えながら、作品を読み解いていく一冊だ。

イタリアから日本に帰国してから作家となるまでの「空白の20年」について、 大竹さんが探っている『東京』の章は、特に興味深い。 

須賀敦子が、なぜ、作家になったのか。 
何が、誰が、きっかけとなったのか。 
執筆の題材を、どのように描こうと考えていたか。 
作家としての姿勢、在り方。 
これらに関する大竹さんの説明を読んで、 
改めて、須賀敦子の作品を読み直して確認してみたくなった。


 

2020年10月1日木曜日

【暗やみの中で一人枕をぬらす夜は】秋の夜長に読みたい一冊

 

大人はみんな自分のものさしを持っているけれど
だれでもそれを唯一と思っている

だから重さを巻尺ではかったり
長さを分度器ではかったりしてしまう

だから大人の話はいつもチンプンカンプン
わかりあったつもりで何もわかっていない

子供はみんなそれをしっているけれど
おりこうなのでなんにもいわない

ブッシュ孝子の詩「ものさし」


 秋の夜長にお勧めしたい1冊、

ブッシュ孝子さんの詩集「暗やみの中で一人枕をぬらす夜は」

この本に収録されている「ものさし」を読んで、思い出したことがある。


子どもに対して、「自立してほしい」「巣立ってほしい」と思いながら、
一方で、「いつまでも傍にいてほしい」「頼ってほしい」と思う。

母と話をしている中で、そんな話があった。

自立してほしいのか?、依存してほしいのか?

一体、どっちなの?

20代の私は、疑問に思ったことを、「それって、矛盾しているんじゃない?」と
指摘した。

「親の気持ちは、矛盾するものなのよ」
というのが、母の答えだった。

私は、その時まで、矛盾している物事があると、
それを整理して矛盾がないようにするのが良いことだと思っていたのだが、
時と場合によっては、矛盾しているままで良いケースがあるのだと気が付いた。

ブッシュ孝子の詩は、
生きることについて、考えさせられる。

失うという事を
知らない人がいる
得るという事を
知らない人がいる
何だか最近は
そんな可哀そうな人ばかり


2020年9月21日月曜日

【13歳からのアート思考】情報や知識に縛られないアートの見方、とらえ方

 

 「13歳からのアート思考」は、アート(芸術)とどう向き合えばいいのか? 
 基本的な姿勢を示してくれる一冊。

 「こういう見方が正しい」 「こういう捉え方がよい」ということではなく、 アートを見る時に、既存の情報や知識にとらわれがちなことを指摘し、 そこから自由になるには、こんな問いを立ててみたら?と提案してくれる。

 既存の情報や知識がいったん頭に入っていると、そこから「自由になろう」と思っても、どうしたらいいのか分からなかったり、 縛られていることに気づかないまま、モノを見てしまっていることが多いと思う。 

 「13歳からの」というタイトルだが、大人にも十分に役に立つ。 

 子どもの頃に、アートについて、こういうふうに見方を教えてくれる人と出会えていたら、 大人になった時に違う感覚を身に着けているのかもしれないと思ったりした。

2020年9月9日水曜日

【二週間の休暇】大人の夏休みとは、こういうものかもしれない

 


もしかしたら、「大人の夏休み」とは、こういうものなのかもしれない。
フジモトマサルさんの「二週間の休暇(新装版)」を読んで、そう思った。

大人になると、なかなか休めない。
会社員として働いて、
休日になると、その時間を有効に活用しようとする。
家を掃除したり、料理したり、趣味をしたり、
習い事をしたり、資格の勉強をしてみたり、、、。
子どもがいれば育児があり、
高齢の親がいれば介護があったりする。
稼働している日が多い。

そんな大人にとって、本当に休むのは、どういうことなのか?

「二週間の休暇」は、
記憶をなくした主人公が、2週間、それまでとは異なる世界で過ごす物語だ。
なぜ、そこで暮らしているのか不明のアパートで、手料理をつくったり、
見知らぬ街の住人、鳥たちのインタビューを起こして、まとめたり、
それまでと何かが異なるけれど、何かが変わらない世界。
そこで過ごした二週間は、主人公に何をもたらすのか。

大人の夏休みは、
それまでの自分をいったん忘れて、
自分は一体、どんな人間なのか
どんな生活をしたいのか
どんな仕事をしたいのか
どんな人と出会いたいのか
それらを確かめるための時間を過ごすことではないだろうか。

フジモトマサルさんの創った世界では、
登場人物たちが発する言葉は多くない。
物語を展開するために使われる言葉もほとんどない。
描かれた人や動物の動き、
建物や景色で、ゆるやかに物語が進んでいく。
そして、そのなかに、文字にしない言葉がたくさん詰まっている。


2020年8月15日土曜日

【おやときどきこども】親の呪い、私の自立

 
 親子関係について書かれている本だけど、 子育てをした経験のない人にも、お勧めの1冊。   

子ども時代に、親との関係に悩んだ人にも届けたい1冊です。 

 「おやときどきこども」の著者、鳥羽和久さんは、大学院在学中に学習塾を開業。  
小中高生の学習指導をされてきたそうです。 

塾に来る子どもとのやりとり、そして、親とのやりとり。親子交えた面談でのやりとり。 それらを通して、様々な角度から、子どもと親の関係性について書いています。 

 私が特に惹きつけられたのは、親の「呪い」について書かれている箇所です。 

例えば、「絵を描く仕事に就きたい」という子どもに対して、 「そんなに現実は甘くないわよ」などと言う親。 親は、自分が持っている「現実」を子どもに突き付け、それを子どもが共有することを望む。 親が示す「現実」の枠組みに従って、進路を決める子どもは多いそうです。 

 鳥羽さんは、こうした親の「呪い」について、 子どもが主体性を獲得するためには、多かれ少なかれ必要なものと位置付けます。 

親の価値観や美意識のもとで、子どもは成長するので、 それらは「呪い」であるとともに、「宝(祝福)」にもなるといいます。 

 肝心なのは、 親が、自分の「現実」にとらわれすぎないこと。 

 時代によって「現実」は変化しますし、子どもがとらえた「現実」を尊重する姿勢が必要なようです。 

 もう一つ、とても惹きつけられたのは次の記載です。 

  大人になったはずの私たちは、まだ、十分に「大人」になりきれていないのかもしれません。 とっくに大人になったはずなのに、まだ自分の弱さに対して自分で手当てすることができないままなのではないでしょうか。 一方で、かつて子どもだったときの私たちは、想像するほどには「子ども」ではなく、大人になったいまと同じようにさまざまなことを考えたり感じたりしていたのかもしれません。 

この箇所を読んで、 子どもの時のほうが、大人になった今よりも、ずっと大人びた考えを持っていたことに気がつきました。 

 著者の鳥羽さんは、 子どもの頃に感じていたことを、もう一度、感じなおしてみることを薦めています。 

 そうすることで、自分を手当てする。自分を受容する。 子どもの頃の自分と、今の自分が手を結ぶことができると言います。 

 どんな人も、誰かに育てられて、大人になる。  
最も身近な親の影響を少なからず受けている。 
そう考えると、親子関係について書かれたこの本を読むことは、
 大人が、自分自身について見つめなおす機会になるかもしれません。


 

2020年8月3日月曜日

【わかりやすい民藝】この1冊を読んでから、民藝に関する他の本を読もう




「民藝」って、何?

柳宗悦、河井寛次郎とかが提唱した運動でしょ。

え、誰それ?

そんな人にも、お勧めの1冊。

なんとなく知っているという人は、さらに深く、理解できると思う。

この本を読んでから、柳の著書を読んだら、もっと深く理解できそうな気がする。



著者の高木さん、時々、ピリッと辛口な一言を挟んでいて、

民藝の解説書というよりも、エッセイのようにも読めて面白い。


後半の対談には、

この本を読んで、「💛マーク」が出ちゃったというナガオカケンメイさんも登場。


現代の作り手の話も出てきて、実際に手に取ってみたいなとも思う。


私は、陶芸や陶器が好きなので、日本各地の作り手や窯元を訪ねる旅をしたい。

時間をじっくりかけて、ゆっくりと眺めて歩きたい。


2020年8月2日日曜日

【ザリガニの鳴くところ】動物学者の著者が、自然や動植物の生態系の知識を活かして創りあげたミステリー




大自然が好きな人

動物の行動に興味がある人、

どこか遠くに行きたい(気持ちだけでも)人に、特にお勧めの1冊。


「ザリガニの鳴くところ」は

ミステリーですが、自然環境や動植物の生態系の話題が豊富に盛り込まれている物語。


一人の若い男性の死。事故か、殺人か。

容疑者となる「湿地の少女」を主人公として、物語が展開する。

主人公が犯人なのか?。そうではないのか?

その謎解きが軸となっているが、

動物学者である著者が、

湿地の自然、植物や昆虫、鳥や獣の生態に関する様々な話題を盛り込んでいることが

この本の面白さを倍増させている。

生きるとは、どういうことか。

メスがオスを殺すのは、なぜか。

人間と動植物に共通するもの、しないものは何か。

考え始めると、深いテーマが敷かれていると思う。


ザリガニの鳴くところ


2020年7月15日水曜日

【空をゆく巨人】もっと自由に、何かをやってみよう




この本を読んで良かったと思うのは、読み進めるたびに、元気が沸いてくることだ。

川内有緒さんの「空をゆく巨人」は、中国人の現代アートの芸術家と、福島の有名なおっちゃんを中心とした物語。

主な登場人物の2人は、それぞれ自分が行きたい方向へ進む。作りたいものを作り、やりたくないものはしない。

こんなに楽観的でうまく人生を渡っていける人がいるのか、と思わされるほどだ。

でも、読み進めるうちに、彼らが何を大事にしているか。人に対して、どう向き合っているかが分かってくる。

彼らはわがままでも、いい加減でもない。

徹底して「自分の生き方」を貫いている人たちなのだと思った。



人生において、この社会において、大なり小なり「困難」を感じることは誰にでもあるだろう。

だけど、その「困難」を、本当の「困難」にするのは、自分自身なのかもしれない。

誰かに相談したり、教わったり、あちこち動いてみれば、意外と「困難」ではなくなっているかもしれない。

主人公たちの作品づくりや交流を読んで、そんなことを考えた。



後半、東日本大震災が起きた3.11の後、2人とその仲間たちが福島で取り組んでいる、桜の植樹や屋外の美術館のことが紹介される。

著者は、この章につなげるために、それまでの章を積み重ねてきたのではないかと思うほど、行間に熱量が漂う。

登場人物の人となりがしっかり描かれているからこそ、3.11の後に、彼らがなぜ、桜の植樹に取り組んだのか。

屋外の美術館が、どのような場になっていったのかが、よく分かる。




自分が死ぬまでに完成しなくていい。

作り続けることに意味がある

私には、そういう思いで取り組めるものがあるだろうか。

改めて、考えている。


空をゆく巨人






2020年7月7日火曜日

【誰も気づかなかった】読み手の意識、価値観、生き方に鋭く刺さってくる詩



ぼんやりしていた。
見ないふりをしていた。
ということに、気がつかされる。

長田弘の著書「誰も気づかなかった」に収められている詩は、
読み手の意識、価値観を鋭く突いてくる。

例えば、次のような一節がある。

どこにも問いがなかった。
疑いがなかったからである。
誰も疑わなかった。
ただそれだけのことだった。
どこにも疑いがなかった。
信じるか信じないか、でなかった。
疑うの反対は、無関心である。
ただそれだけのことだった。

例えば、環境問題
例えば、選挙
例えば、自分が生活している地域で起こっていること
について、私は問い、疑いを持っているだろうか。

「ただそれだけのこと」が重ねられた結果、
何が起こるとされているのか。

詩の全文を、ぜひ、読んでほしい。

誰も気づかなかった





#詩
#長田弘
#読書

2020年6月29日月曜日

【宝島】沖縄の歴史について知ることに「壁」を感じていた私のための1冊



いわゆる「本土」で生まれ育った私が、
「沖縄」という場所について考える時に思い浮かべるのは、美しい自然、海だろうか。
独特の食べ物、お酒、火災で焼失してしまった首里城などの観光地…。
それから「戦争」のことも頭をかすめる。
私が思い浮かべる沖縄の「戦争」は、歴史の教科書やテレビ番組などを通して知ったものだ。
第三者から見聞きしたものになるためか、それは、どうしても遠いものに感じてしまっていた。

「過去は、現在につながっている」と思う。
だから、歴史を知ること、歴史から学ぶことは大切なことだと思うのだが、
「戦争」に関する情報は、辛く、悲しいものが多い。
楽しいものはほとんどない。
見聞きする際には、覚悟が要る。
「戦争」について何か少し知ったり、学んだりしたとしても、「知った」「学んだ」と思うのはおこがましい。
戦争で実際に起こったこと、戦争の中を生き抜いた人が経験したことは、
第3者から見聞きして知ったことを基に想像しても、それを遥かに超えているものだと思う。

沖縄について、特に沖縄の戦争、戦後から本土復帰までの歴史について知ることに、私は「壁」を感じていた。

真藤順丈さんの小説「宝島」は、戦後から本土復帰までの沖縄が舞台。
米国統治下の沖縄で、登場人物の少年少女が、大人になっていく。

1つの謎があり、謎解きに興味を惹かれながら読み進めることで、
戦後の沖縄がどのような場所だったのか。
そこで生きる人たちが、米軍に対して、本土に対して、同じ土地で暮らす互いに対して、
どのような思いを抱えながら生きていたのかを知ることができる。
小説だから、すべてが真実ではないはずだが、著者は沖縄の歴史や文化を調べて、実際に起きた事件などを踏まえて書いていると思う。
登場人物たちに思いを重ねることで、沖縄が少し近く感じられた。

沖縄の歴史について、知りたいけれど、ちょっと「壁」を感じている人には、ぜひ、お勧めしたい1冊。




2020年6月26日金曜日

【コロナの時代の僕ら】読むなら、今でしょの1冊。「正しく、恐れる」が腑に落ちてなかった理由が分かった気がする




「読むなら、今でしょ」の1冊
「コロナの時代の僕ら」(パオロ・ジョルダーノ著)

読み終えて、すっきりしたことが1つある。
コロナ禍の中、「正しく恐れる」という言葉をうまく説明できなくて
もやもやしていたが、その理由が分かった気がした。

どのような特徴を持つウイルスなのか、
どうしたら感染するのか、感染しやすいのか
どうしたら感染を予防できるのか、
様々な情報が流れている中で、発信の源や、説明の根拠をしっかり確認しよう。
それが「正しく、恐れる」ということだと思っていた。

それは、間違いではないと思いながら、もやもやしていた。
本書を読んだ後、
「正しく」と「恐れる」の間が、うまく繋がっていなかったからだと気が付いた。

情報の「正しさ」を見極める努力をするのは、大事。
でも、「恐れる」必要はないんじゃないかと思っていたのだ。
不安は、少ないほうがいい。
できれば、不安など感じずに、安心した心の状態で過ごしたかった。

本書には、次のような記載がある。
『科学者であれば驚かない現象が、それ以外の人々を軒並み怖がらせてしまうことはある。
感染者数の増加は「爆発的」とされ、本当は予測可能な現象にすぎないのに、新聞記事のタイトルは「懸念すべき」「劇的な」状況だと謳うようになる。
まさにこの手の「何が普通か」という基準の歪曲が恐怖を生むのだ。
COVID-19の感染者数は今、イタリアでもほかのどこでも増え方が安定していないが、今の段階ではこれよりもずっと速く増加するのが普通で、そこに謎めいた要素などまったく存在しない。どこからどこまで当たり前のことなのだ』

『僕らは自然に対して自分たちの時間を押しつけるのに慣れており、その逆には慣れていない。だから、流行があと1週間で終息し、日常が戻ってくることを要求する。(略)
でも、感染症の流行に際しては、何を希望することが許され、何が許されないかを把握すべきだ。なぜなら、最善を望むことが必ずしも正しい希望の持ち方とは限らないからだ』

人間が、どのような手法を使っても、コントロールできないものはある。
そのことを、分かっているつもりで、普段は忘れている。
どうしたらよいかを考えていく際に、
前提に置いておかなければならない何かが欠けていたり、抜けているから、不安が膨らむのだと思う。

本書を読むと、
新型コロナウイルスが問題になる前の「元の生活」に戻ることが、最善なのか?
と、自分自身に問うことになるだろう。

著者が言うとおり、
この問いは、コロナ禍が過ぎたら忘れてしまうものかもしれない。
元に戻さない。忘れない。そうしたものを整理しておきたい。


2020年6月16日火曜日

【ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集】予想以上に素晴らしかった。創作童話シリーズと位置付けられているけれど、これは子どものための本ではなく、大人のための1冊





これは、予想以上に、素晴らしかった1冊。


「ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集」

福音館創作童話シリーズと位置付けられているけれど
これは、子どものための本ではなく、大人のための本だと思う。

簡単にいうと、
おじさんと、小学生の男子の物語。
男子は、おじさんの親友の息子だ。
親友は詩人だったが、すでに亡くなってしまっている。

おじさんと、男子の間に、詩がある。
詩を材料にして、二人で会話する。
そのやりとりのなかで、詩の読み方、味わい方、
詩という表現の豊かさを知ることができる。

小学生の頃、自分には、世界がどんなふうに見えていただろうか。
本書に出てくる詩を読んで、どんなことを感じただろうか。
小学生の子どもと接する機会があったら、
本書に登場するおじさんのように、向き合うことができるだろうか。
そんなことを考えさせられる。

すでに大人になってしまったけれど、
もっと、さまざまな詩を読んでみたくなる。
もっと、詩を味わってみたいと思う。

新しい世界の扉を開いてもらえる1冊。



ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集 (福音館創作童話シリーズ)

2020年6月14日日曜日

【考える教室 大人のための哲学教室】答えは簡単に出せない



「悩む」と「考える」のは、違う。そんなことは、分かっている。
多くの人は、そう思っているだろう。
私自身も、「悩む」と「考える」のは違うと思っている。
悩むのではなく、考えるへ切り替えようと思うけど、
うまくいかないことがある。

若松英輔さんの「考える教室 大人のための哲学入門」は、
自分の考えを深めていくためのヒントが詰まっている。

本書の中に、次の指摘がある。

『人は誰も、迷っているとき、早急に答えを得たくなるものです。すると人は、その答えに多少の毒があっても、それを飲み込んでしまう。哲学の力をつけるには、喉が渇いたからといって毒を飲むのではなく、その渇きに耐えることを学ばなければなりません。
心の渇きを真に癒すのは、世に流布する「甘い」言葉ではありません。
自分の手で掘り出したコトバです』
  
「悩む」と「考える」のは違う、と言う時、
「考える」ことは、目的がハッキリしていて、
答えを出すというゴールに向かって、進んでいくことであるように思っていた。

答えを出せない状態は、「悩んでいる」ように思い、
答えを出せない状態が続くと、「考える」のではなく、
「悩む」に陥ってしまいそうで、不安になった。

しかし、答えを出せない状態は、「考えている」時にも存在する。
そのことを忘れてはいけないだろう。
  



考える教室 大人のための哲学入門 NHK出版 学びのきほん



2020年6月8日月曜日

【発酵道】新しい生活様式の中で、改めて大切にしたいこと




千葉県香取郡にある老舗の造り酒屋「寺田本家」、先代(23代目)当主 寺田啓佐(てらだけいすけ)さんの著書「発酵道 酒蔵の微生物が教えてくれた人間の生き方」。

2007年に出版された本なのだが、今、読んでも、古くない。
コロナ禍の影響を受けて「新しい生活様式」で生きていかなくてはならなくなった
今だからこそ、この本で書かれていることが響く。

造り酒屋の経営がうまくいかず、病気にもなってしまったことを機に、
著者は、自分自身を見つめなおす。
「何が、いけないのか?」
「どうすれば、いいのか?」
「何を大切にして生きていけばいいのか」という問いに向き合う。

「発酵すれば、腐らない」という事実を見つめなおし、
酒造りについて、
微生物の働きについて
素材について
生き方について
考え直す。
様々な人に会い、学んでいく。

本書の中で、勧められている生き方のポイントに「真面目(しんめんもく)に生きる」
がある。
これは、自分の面目に正直に生きるということ。
他と比較することなく、
本当の自分、ありのままの自分らしく、
酒蔵の微生物たちのように生きることだ。

一般的に「真面目」は「まじめ」と読み、これは真剣であることを意味する。
真剣であることは悪いことではないが、何を目的に、何を手に入れるために、真剣であるかが重要だと思う。

「真面目(しんめんもく)」が基盤になければ、真剣に取り組んでいても、それは楽しくないだろう。

本書には、
「頑張る」という言葉は、「我を張る」ということでもあるという指摘もある。

何を大切にして、頑張るのかも、改めて、問い直したい。

#読書
#読書感想文


発酵道酒蔵の微生物が教えてくれた人間の生き方










2020年5月31日日曜日

【線は、僕を描く】そこに、自分が表れる



ずっと、気になっていた。
水墨画を題材にした小説「線は、僕を描く」

水墨画の画家たちは、どのように作品をつくっているのか。
紙と墨を使って、何を表現しようとしているのか。
何を描いて、何を描かないか。

水墨画の世界について、知ることができ、
どこかで作品が展示されていたら、観に行きたいと思う。

この作品が扱っているのは、水墨画だけど、
書道でも、文芸でも、絵画でも、もしかしたらスポーツでも、
同じことがいえるのかもしれない。

人が何かを表現しようとするとき、
その表現の中に、「自分」が表れている。

一輪の花を描いた時、
文章をまとめた時、
100mを走った時、

一枚の紙の上に、文章の行間に、懸命に走る姿に、
どこかに「自分」が表れているものだと思う。

「線は、僕を描く」を読むと、自分を表現できる何かと出会えることは、
幸せなことなんだと、改めて思う。


線は、僕を描く