2017年7月21日金曜日

ふいに襲ってくる奴に対抗する方法

この季節、不意に襲ってくるアイツ。

危険なのは、15時を過ぎたあたりの時間帯、

一瞬の隙をつくように、睡魔がやってきます。

原稿を書いている手が止まり、

意識がどこかに跳んでいて、ハッとすることも。

不意に襲ってくる眠気に対抗する方法、いろいろトライしてみますが、

私の場合は、とりあえず、体を動かしてみるのが効果的なようです。

どこかへ出かけるのが一番良いのですが、

オフィスの席に座ったままでも、足首を回したり、

靴を脱いで足の指の間を拡げてみたり、体の一部を動かしてみます。

血のめぐりがよくなると、体が活動的になるようで、少し眠気が覚めてくることが多いです。

寝苦しい夜、眠りが少し浅くなりますね。

ふいに襲ってくる睡魔との戦いは、まだまだ続きそうです。


2017年7月20日木曜日

頼りないものであると同時に、それは希望でもある。「私は、私である」を証明するものは?



人の特徴は、生まれながらにして持っているもので決まるのではなく、
環境の中で、関係性の中で、その人の特徴がつくられていく。

生まれて間もない頃は過剰に持っているものを、
そぎ落とされていくことによって、得意・不得意といわれているものが出てくる。

「動的平衡」の著者・福岡伸一さんの講演録に
生物学的な見地から、「私」について書かれてある箇所があり、興味深く読みました。

福岡さんによると、

私が、私であることを生物学的に証明するものはない。
脳の中の神経の伝達経路の結びつき(シナプス)は、
生まれて少し経った後までが一番たくさんある。
それが、その人が環境との間でどういうインタラクションをするのか、
何に興味を持って、どんなことに一生懸命になるか、
そのプロセスでシナプスのパターンは刈り取られていく、
より電気が通るところは強化され、通らないところは淘汰される。
私たちは遺伝子がすべて指示を出しているという物語にとらわれがちだが、
実は遺伝子はむしろ過剰さを与えてくれている。
生命の特徴は、つねに過剰さを与えて、その後、環境のなかでどのようにそれが刈り取られていくかによって、その人がつくられていく。
得意・不得意というのも、だんだん削りとられていくものだと思う。

関係性というのは、さまざまな変化にさらされますが、

福岡さんは、そのことについて

「非常に頼りないことであると同時に、逆にある種の希望でもある」と言います。


変化には、プラスも、マイナスもあり、不安もあり、希望もある。そんなことを考えました。


2017年7月19日水曜日

「本当のプライド」って、何ですか?



お誕生日のお祝いメッセージ、ありがとうございます。

「生まれた日」について考える時、
その生には、いつか必ず「終わる日」が来るのだとも思います。

次の誕生日までの1年を、
どういうふうに生きたいか。

せっかく生きているのだから、
小さくても良いので、何か役に立つことができたらいい。
困っている人を助けられるといい。
あなたが、この世の中にいてくれて良かったと思われるような人でありたい。
そんなことが、何か一つでも実現するといいなぁ、と思います。

池田晶子さんのエッセイに「本当のプライド」というタイトルのものがあります。

自分の人生は、自分の生きたいように生きればよい。
他人にどう見られるのかが、なぜ、問題か。
問題は、自分に対する恥である。

自分に恥じない。
それを「プライド」と呼んでみる。
他人に恥じるのではなく、
自分に恥じない。
これが本当のプライドである。

池田さんの言う「本当のプライド」
持っている人になりたいですね。


2017年7月18日火曜日

今、ここで、戦うことに意味がある


「なぜ、スポーツをするのか?」
「なぜ、勉強をするのか?」
「なぜ、この仕事をしているのか?」

自分が取り組んでいることについて、
「なぜ、これをしているのか?」と疑問が沸いたことはありませんか?

「なぜ?」がハッキリしないと、
好きで取り組んでいたはずのことも、少し微妙に思えてきて、
「他のものでも、良かったんじゃないの?」とか、
考え始めたりします

でも、「他に、何か取り組みたいことがあるのか?」という問いを立てると、
こんどは、「他に」に該当するものが見つからなかったりして、
「なぜ?」がハッキリしないくせに、「他に」も見つからなくて、
もやもやします。

「白球アフロ」(朝倉宏景・著、講談社)は、高校球児が主人公の物語。

「なぜ、野球をやっているのか?」
という疑問を心の中に抱えていますが、
高校野球の夏の予選大会。
一つの試合を戦っている最中で、物語が終わります。

一つの試合、今、ここで、野球をする。
自分たちが、戦っている。
そのことに意味があるということに、彼は気がつくのです。

その意味は、これから読む方のお楽しみですが、

爽やかで、深みのある小説でした。


高校野球といえば、やはり、「タッチ」か、


それとも、「キャプテン」かな。

最近のマンガを読んでないから、
古い作品しか思い浮かばなかったです。



2017年7月13日木曜日

愚痴を言うことで、自分の新たな活路を見いだす



朝日新聞デジタルに掲載されていた湯山玲子さんのインタビュー

に、愚痴について触れた箇所がありました。

勤務していた会社の中で、はしごを外されて、気持ちが腐っていた湯山さんは、
社外の友人たちと飲みながら互いに愚痴を言いあっていました。

一見すると、「愚痴大会」ですが、湯山さんは社外の友人と愚痴を言いあう中で、自分自身の欠点や評価など、さまざまなことに気がつくことができたといいます。

このインタビューを読んで、
私が感じたのは、「愚痴を、愚痴で終わらせない」ことが大切ということ。

 愚痴を言うことは、心に溜めていた気持ちや、納得いかないことを吐き出し、スッキリします。

でも、そこから先が肝心。

愚痴の矛先を、会社という組織や、上司や、気の合わない同僚に向けて、
「会社が悪い」「組織が悪い」「誰それが悪い」で終わってしまっていては、
おそらく前に進めません。

その現状を踏まえて、
「自分がどうしたいのか」
「自分にできることはないのか」
「自分が改めるべきところはないのか」などなどを考えられるかどうかで、

同じ愚痴を延々と繰り返しているのか、
次のステップに進んでいけるのか、分かれるような気がします。

他人と出会うことは、「これからの自分」について考える機会になるので、
愚痴を言うことから、活路を見いだせることもあるのだと思います。

湯山さんは、日ごろから社外活動を積極的にすることを勧めています。

なぜなら、会社の内部とは違う考え方が外の世界にあり、
それが何かの折に「免震構造」となって支えになることがあるから。

一方で、ご法度として挙げるのは、「一人で悶々と悩むこと」。

一人の世界は小さい。
その中を見つめても、新たなことは見つからない。
そして、その悩みの結果は「自分が傷つくことはやらない」ということになりがちと指摘しています。

愚痴を言うことを、次のステップへ進むことに活かせるようになりたいですね。

2017年7月12日水曜日

その質問の背景にあるもの


障害のある人とない人がともに暮らす家「いこっと」で、
シェアメイトの一人が、帰宅した私に、話しかけてきました。

「いこっと」では現在、空き室があるので入居者募集をしています。
シェアメイトの彼は、そのことについて質問をされたようです。

「あのね、僕ね。今日、『新しく、いこっとに入る人は、障害者のほうがいいですか?
障害のない人のほうがいいですか?』って、質問されたんだ」

「それで、どっちがいいって答えたの?」と私。

「ちょっと難しかったけど、障害のない人のほうがいいって答えたよ」

難しいと思いながら、彼なりの答えをしたようです。

私は、彼の答えよりも、質問した方のことが気になりました。

「あなたは障害者。一緒に暮らすとしたら、障害のある人と、ない人と、どちらのほうがいい?」という質問。

その質問に違和感があったのです。

一緒に暮らすうえで、障害のある・なしが、良いかどうかの判断材料にはならないと思うのだけど・・・・と、考えてしまいました。

その質問の背景にあるものを想像してみると、気持ちのよいものはありませんでした。

2017年7月11日火曜日

人を動かす、自分を動かす


文句は受け付けない。
そのかわり、意見は受け付ける
なぜなら、意見には「こうしたい」という主体性があり、未来につながるから。
文句には、それがない。
文句をどう自分の中で意見に変えるのか、ここに地域や社会を変える力がある。

「のんびる」7月号は、「子どもたちが生きづらい」をテーマにしており、
映画「みんなの学校」に登場する大空小学校の元校長・木村泰子先生のインタビューが掲載されています。

上記は、そのインタビューの主旨を一部引用したものです。

文句と意見は違うということ。
文句を自分の中で、いかに意見に変えるのかが大事であること。
文句を意見に変えるという思考の転換が、人の行動を変え、それが地域や社会を変えることにつながっていくということだと思いました。

既存の組織ではなく、一人ひとりの人の行動が地域や社会を変えていく。
大空小学校の取り組みの中でそういう動きをつくりだした木村先生の言葉は、
一つひとつが、ビシビシと響きます。

小学校や教育に限った話ではなく、会社などの組織や、地域の活動にも当てはまると感じることが多いのは、さまざまな場に共通する課題に触れる話をされているからだと思います。

文句を、いかに意見に変えるか。
私自身も、考えてみたい。



2017年7月6日木曜日

言葉に力がある人と、そうでない人は、どこが違うのか?



「この人の言葉には、力がある」

そう感じる人に出会うことがあります。

ここでの力は、人の心を動かす力です。

なぜ、人の心を動かす言葉を使うことができるのか?考えてみました。

①聞く人の立場や状況を考える

「聞きたい」と思っていない人には、どんな言葉も響きません

まずは「聞きたい」という気持ちを引き出すことからですね

相手の立場や状況を考えて、気遣いをしたいものです。

②思いや経験の事例を踏まえて、話す。

話し手が思いを込めている言葉、
話し手の経験を踏まえて出てきた言葉には、とても力があります。

どんなに綺麗な言葉を使っても、熱い思いをもっている人や、さまざまな経験を踏まえた言葉に勝つことは難しいでしょう、

「言葉に、力がある」
そういう人になりたいですね。

2017年7月5日水曜日

「依存」の反対は、何でしょうか?

やや繁忙期だからなのか、上司にランチをごちそうしていただきました


「依存」の反対は、何でしょうか?

自立か?それとも自律かな?

人間関係の中での「依存」は、度を超すと、あまり良くないように思いますが、
ある程度の「依存」は必要な気がします。

ただし、薬物などの「依存症」になると、
その状態から早く抜け出したほうがよいものだとは思いつつ、
依存症になってしまうには、何らかの理由があるようにも思い、
難しさを感じます。

週刊医学界新聞に「“孤立の病”依存症、社会に居場所はあるか」というタイトルで、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部 部長の松本俊彦先生のインタビューが掲載されています。

薬物をはじめとする依存症が、どんな病かを解説されており、薬物依存症の人を排除するよりも、共生の道を開くことが大切だと指摘されています。

松本先生によると、「海外ではアディクションの反対語は、コネクションと言われている。つながりを喪失した孤立の病,それが依存症である。だから依存症患者には“つながり”が必要との認識が広まっている」とのこと。

「依存」の反対は、「つながり」「共生」。
人との関係で満たされないものを抱えているから、薬物などに「依存」してしまう。
だからこそ、薬物等への「依存」から脱するためには、人との関係=「つながり」「共生」が必要ということだと思いました。

「自立」や「自律」は、
人間関係において、ある程度の「依存」ができるという基盤があってこそ
成り立つことかもしれません。


2017年7月4日火曜日

深い傷を負った心は、どのように癒されるか?【映画】マンチェスター・バイ・ザ・シー


映画「マンチェスター・バイ・ザ・シー」は、
過去の辛い経験を抱えながら、今を生きる人の物語です。

主人公リーの人生を大きく変えてしまう出来事が起きた街・マンチェスター。
その街から距離を置くことで生きてきたのですが、兄の死をきっかけにマンチェスターに戻らざるを得なくなります。過去の出来事と向き合わざるを得なくなり、自分の心の傷に向きあうことになるのです。

過去に起きた出来事を消すことはできない。
自分がしてしまったことを、どんなに悔やんでも、事実は消えない。
過去の事実にどう向き合うのか。
過去を抱えながら、今、これからをどう生きるのか。

そんな問いを、この映画から投げかけられたように思います。

「自分を必要としてくれる人が誰か一人でもいたら、それを支えに生きていける」
「自分に何らかの役割を見つけることがあり、その役割を果たすことに意義を見出すことができたら、それを支えに生きていける」
「どんなに辛いことがあっても、時間の経過とともに、過去の経験やそこから派生した負の感情は少しずつ消化される」
「人は、人によって癒される。人間関係の新たな展開により、新たな気づきを与えられ、それが生きる力になる」
などなど、そんな答えをぼんやり考えました。

明確な答えがないことが、この映画が投げかけた問いの答えなのかもしれません。


映画「マンチェスター・バイ・ザ・シー」
http://www.manchesterbythesea.jp/

2017年6月21日水曜日

「あ、変わった」と思えると、やっぱり、面白い

パラスポーツの取材をしていて、
面白いのは、変化を感じるときだ。

先週末、駒沢オリンピック公園陸上競技場で開催された日本パラ陸上競技大会を見ても、やっぱり、面白いと思った。

車椅子(T53)女子の中山和美選手の体が、
昨シーズンと比べて、一回り大きくなっていたからだ。

自分の目で見て感じたことを確認したいと思い、
中山選手に尋ねると、間違いなく大きくなっていた。
体格のよい海外の選手たちと勝負できるように
体づくりに取り組んだ結果だという。

私は専門的な知識を持ち合わせていないので、
その時々で「変わった」と思うだけで、特に分析はできない。

ただ、一つの変化を見つけると、
その変化が、これからどのような影響を及ぼし、
どのような結果に結びつくのか、気になってくる。

「あ、変わった」と感じることのなかには、
これから成長するのではないかと思うものもあるし、
後から振り返ると、まったく勘違いだったと思うものある。

動物的な直感に依るのだが、
「あ、変わった」と感じたことは、
とりあえず、取材の引き出しに入れるようにしている。

小さな発見だと思っていた変化が、

2020年の景色を描くうえで、重要なものになるかもしれないからだ。

2017年6月20日火曜日

「しない」ことに、意味があるんです



「目標や計画を立てるんですけど、思うように実行できないんです」

コーチングのクライアントさんから、そんなお悩みの相談がありました。

「できない」ものが見つかったら、それは、チャンスです。

「できない」には、「できない」理由があるからです。

その理由が、とても大事。

そこに意味があると思います。

作家の神谷美恵子さんは、

「生きがいがない、となげく人は、自分の主観的な感じにとらわれすぎているのではないだろうか。自分というものに執することをやめれば、目の前に現れ出るしごとや楽しみに身を投げかけて、対象そのものになり切ることができる。そのときには、生きがいを感じているかいないかは問題ではなくなる」

「私たちの小さな頭で、ただ、有用性の観点から人の存在意義を測ってはならないと思う。何が有用であるか、ということさえ、本当は人間にはわからないのではないか。
「人の役に立つ」とみえるもののみが価値がある、とは、私は決して思っていない」

と書いています。

人は、ついついDoing(すること)に目が向けがちですが、
Being(あること)に目を向けると、見えるものもあります。

ありのままの自分(Being)で良いのだと受け入れることが、
何かをする(Doing)ための前提だったりしますよね。


「何もしない」なら、「しない」状態に意味があるのだと思います。
「しない」も大切にできる心を持ちたいと考えています。

2017年6月19日月曜日

「○○しなければならない」それって必要ですか?




「私たちが、傷ついたり、腹をたてたり、悩んだりする、
その本当の原因は、相手や状況にあるのではなく、
私たち自身の受けとめ方、考え方にある」

ある本に、こんな指摘がありました。

たしかに、その通り。

受けとめ方、考え方を変えることができたら、
傷ついたり、腹をたてたり、悩んだりすることを変えられる気がします。

でも、自分自身の受けとめ方、考え方って、
無意識な部分もあり、自覚しにくい。
自覚をしていても、変えることが難しいものですね。

私自身、トライ&エラーですが、
コーチングの手法から、受けとめ方、考え方を自覚したり、
変えたいものは変えていくコツを学んでいるので、
いくつか紹介してみたいと思います。

①自分の感情や状態をそのまま受けとめる

「腹をたてている」「悩んでいる」という感情を、
空の上から眺めるような気持ちでうけとめて
「今の私は、こうなんだ」と認識すること。

②その根拠となっている事柄は、何かを考える

「腹をたてている」「悩んでいる」などの感情が認識できたら
次は、その原因は何かを言葉にしてみます。

例えば、「後輩がきちんと挨拶しなかった」(理由)→「腹をたてている」(感情)


③原因の背景にある、自身のビリーフを明らかにする

ビリーフとは、信念。自分の信じ込み、思い込み。
分かりやすくいえば、「○○しなければならない」というものに当たります。

後輩が挨拶をしなかった(事実)
 ↓
「先輩、後輩の上下関係はきちんと保たれるべきだ」(ビリーフ)
 ↓
腹が立つ(感情)

このような流れを確認します。


次に「○○しなければならない」と考えていることについて、問い直していきます。

例えば、先ほどの、「先輩後輩の上下関係が保たれるべきだ」というビリーフについて

何を根拠に(どんな経験から)、それを信じるようになったのか?

それは、合理的なものなのか?

それを信じることで、何を得ようとしているのか?

それを信じることは、私が望んでいる人生にどんな影響をもたらすのか?

問いを立てていきます。

「仕事は、成果主義だから、必ずしも先輩後輩の上下関係が重要でない場面がある(合理的ではない)」とか
「腹が立ったのは、後輩が自分を先輩だと思っていない気がして、馬鹿にされたように感じたからだ(後輩が本当にそう考えているかどうかは、挨拶の有無だけでは分からない)」
「先輩として扱われると、気分がよい(自己肯定感が高まる)」
などなど、自分が大切にしているもの、求めているものが浮き彫りになってきます。

なかなか難しい面もありますが、

まずは、自分を知ることが、物事の受けとめ方を変える基盤になっていくように思います。

2017年6月16日金曜日

「人づきあい」と「自分づきあい」



西村佳哲さんの著書「自分をいかして生きる」の中に「人づきあい・自分づきあい」というテーマで書かれた一節があり、コミュニケーションについて解説しています。

コミュニケーションという言葉には、自分と他者の対話が頭に浮かぶけれど、
もう一つ、自分と自分自身の間でのコミュニケーションがある。
自問自答するような時、自分は、自分自身とコミュニケーションしており、
人のコミュニケーションには、【自分】と【他者】と【自分自身】が存在する。
人は、まず、自分の内面に意識が向き、自分と自分自身の間で対話しながら、
自分が何を感じているか、考えているかを確認している。

西村さんは、自分と自分自身の関係性は、自分と他者との関係性に反映するといいます。

例えば、自分に無理を強いる人は、他人にも同様に無理を強いてしまう。
他人の話に耳を傾けない人は、自分自身との声にも耳を傾けない。
自己肯定感が低い人は、自分と自分自身の間の対話で肯定感を十分に育めなかった人です
が、そういう人は、他人に対しても肯定感を抱きにくい。
人づきあいは、他者とのつきあい。
自分づきあいは、自分自身とのつきあい。
その双方を調整していくことが大切ということでした。

私が使っているコーチングの技術は、人に問いかけていく技術ですが、
それは、正しい答えを求めるものではありません。

コーチングを受けているクライアント(顧客)さんが、
コーチングのコーチからの問いをきっかけに、
自分自身に問いかけ、
自分と自分自身の間の調整することになります。

良い質問は、自問するためのもの。
自分自身に問いを発していただけるようにしていきたいと考えています。

6月24日(土曜日)渋谷にて
コーチングの手法を応用した
「2020年の私を描く「自分掘り起し」ワークショップを開催します。

■参加お申込みは、下記のフォームから、お申込みください
https://www.kokuchpro.com/event/53a845db07bb2ed76d0fd9ec53dabb52/entry/