2016年11月30日水曜日

動機は、不純でした。



取材の動機は、不純でした。

あなたのことを皆に知ってほしいから、

あなたのことをたくさんの人に伝えたいから、

そんな理由をつけていましたが、

本当の目的は、おそらく、別のところにありました。

車いす陸上の小島将平選手は、自宅で療養生活を続けていました。

がんで友人を亡くしている私にとって、小島の病の再発は、私の心に重く響きました。

私に何ができるだろう?
いや、何もできない。

しかし、このままでもいられない。

自分がどうすべきか迷い、時間ばかりが過ぎていきました。

闘病しながら、陸上の練習を続けていた小島選手の体が

しだいに細くなり、

競技用の車いす(レーサー)に乗れない状態になりました。

迷っている場合では、ない。

私に、何かできることがあるとすれば、

それは、小島選手に取材することしかないと思いました。

「皆に知ってほしいから」

「たくさんの人に伝えたいから」という理由は、

偽りではないけれど、

小島選手を取材した理由は、それだけではなかったかもしれません。

本当の理由は、自分でもまだ、よく分からないのです。

それでも、小島選手から聴いた話を原稿に書きたいと思いました。

ずいぶん時間がかかってしまいましたが

パラスポ!
http://paraspo.info/

に連載「なぜ、君は、走るのか?」を掲載していきます。

今回の取材にあたり、ご協力くださった小島将平氏、

奥さんの美幸さん、ご家族、ご友人の皆さまに感謝いたします。


【なぜ、君は、走るのか】Vol.1
http://paraspo.info/

2016年11月22日火曜日

【感情失禁って、なんですか?】 季刊誌コトノネVol20 六車由美さんインタビューを読んで


「感情失禁」なんて言葉があるそうです。

季刊誌コトノネvol20

六車由美さんのインタビューで紹介されていました。

六車さんは、介護民俗学を提唱されている民俗学者で、

「事実を聞く」ことが人を力づける可能性を示しています。

以前に読んだ著書「驚きの介護民俗学」がとても印象に残っており、

また、私の故郷に近い静岡県の沼津にある高齢者のデイサービスで

お仕事されていることもあり、インタビュー頁を楽しみにしていました。

「コトノネ」インタビューによると、

「感情失禁」とは、気持ちが高ぶって、泣き出してしまったりすること。

老人ホームでは、ご高齢の方は穏やかに毎日を過ごされていて、何も話さずに、部屋でじっとテレビを観ていたりする。

そこでは、感情が高ぶったりすることはいいこととされていない。

六車さんは、その状態に違和感を感じ、

「わたしたちの日常とはまったく違う、あれを異常と思わない感覚を変えていきたいと思った」といいます。

その手法が、ご高齢の方を対象に「聞き書き」です。

聞き書きをしていると、お年寄りは話しているうちに、怒りが沸いてくることがあるし、
いろいろな感情があふれてくる。それこそが「普通の人のあり方」であり、聞き書きに効果があるとしたら、「非日常であった福祉の世界に、日常的な人と人との関わりを回復させることなんです」と話しています。

障害のある方を対象にした福祉も、高齢の方を対象にした介護も、

その分野の仕事に携わっていない人からみると、違和感を感じるものがあります。

福祉や介護の「専門性」はもちろん大切とは思うのですが、

「人」を相手にする仕事でありながら、

「普通の人のあり方」をどこかに置き忘れてしまっているところがあるのではないか。

と思うことがあります。

「あなたは、この分野で仕事をしたことがないから、分からないのよ」

「素人でしょ」と片づけるのはたやすいですが、

「違和感」を感じた人からの質問や意見は、

見落としがちなものに気がつかせてくれるものだと、改めて、思いました。






2016年11月21日月曜日

「コトノネ」VOL.20 みんなでスポーツ 坊ちゃんじゃなくて、ボッチャ!



季刊誌「コトノネ」20号が発売になりました

パラスポ!http://paraspo.info/ が提供している

パラスポーツを紹介する連載「みんなでスポーツ」


今回、注目しているのは、ボッチャです。



「コトノネ」
VOL.20 みんなでスポーツ
リオのメダル獲得で注目。
駆け引きと戦術の奥深さが魅力の『ボッチャ』って?

2016年11月16日水曜日

【組織のゴールと、個人のゴールは重なっていますか?】

倉敷美観地区の町並み

組織やチームが掲げているゴールと、

あなたが描いているゴールは、重なっていますか?

「売上目標は○○億円。今期は、その達成を目指す」

民間企業には事業の目標があり、

上司は部下にその目標達成に向けて、指導をすることがあります。

そんな時、上司は、部下に対して

「今期の目標は、○○円だから、頑張ってくれ」と言うだけではなく、

組織で仕事をすることを通じて、「部下は、何を得たいのか?」を把握し、

部下のゴールと、組織のゴールが重なることを示していくことが大切です。

個人は、組織のために生きているのではなく、自分のために生きているからです。

「社畜」とか、「会社のため」とか、口では言っていても、

結局は、「自分のため」に行動しています。

組織の売り上げ目標を達成することが、

個人の目標達成に重なっていることを示せると、

個人は「自分のため」に頑張れるし、それは組織の目標達成につながっていきます。

給料や賞与のアップなど金銭面だけでなく、

スキルを手に入れること、成長を実感できることなども含めて、

個人のゴールをハッキリ示すことができると

人は、そのゴールへ向かって走れるものです。

「自分のため」は、大きなモチベーションになります。

管理職や上司は、

部下や後輩が仕事を通じて「何を得たいのか?」を考える必要があるのかもしれません。

個人も、「自分が、手に入れたいものは何か」を考え、

組織のゴールと、自分のゴールが重なる部分を考えていくと良いのではないでしょうか。

社会的な課題についても、同じかもしれません。

環境や地域の問題について、

「自分に関わること」と思わなければ、

無関心のまま、

その問題に向き合わないままになります。

社会的な課題が、自分の問題が重なると、

真剣に考えることになるのだと思います。

「自分のこと」に落とし込んでもらえるように伝えるのが、

メディアの役割かもしれないし、

問題に気がついている個人が、

SNSを通して伝える役割をもっているのかもしれません。




2016年11月15日火曜日

「仕方がない」って、なんだろう?

「仕方がない」という言葉、どんな時に使っていますか?

「一人で頑張っても、状況が変わらないから、仕方がない」
「私には才能がないから、仕方がない」
「もう齢だから、仕方がない」

いろいろありますね。

望むような結果が出なかった時、
自分の気持ちに区切りをつけるために、「仕方がない」と使うこともあります。

一つのことに区切りをつけて、別のことに挑戦できるなら、
「仕方がない」という言葉には、前向きな意味があるようにも思います。

でも、「仕方がない」という言葉を、
目の前にあることに対して、「何もしない」ことの言い訳に使うとき、
「本当にそれでいいのかな?」と考えたい。

「何もしない」ことを正当化するために、
「仕方がない」と使ってしまうと、
目の前にある問題に向き合わないままになるようにも思います。

そして、目の前にある問題に向き合うことなく、
何もしないままでいることは、
その瞬間は、良くても
将来的には、自分自身にとって、良くないのではないかと思うのです。

いったん逃げると、
逃げることが癖になるかもしれません。

「仕方がない」と言ってしまった時、
「本当に、仕方がないのか?」と、もう一度、自分に問いかけてみたいものです。

詩人の伊藤比呂美さんの講演を聞く機会があり、
岩波文庫から出版されている「石垣りん詩集」のなかから
「雪崩のとき」という詩を朗読してくださいました。


平和
永遠の平和
平和一色の銀世界
そうだ、平和という言葉が
この狭くなった日本の国土に
粉雪のように舞い
どっさり降り積もっていた

(中略)

それも過ぎてしまえば束の間で
まだととのえられた焚木もきれぬままに
人はざわめき出し
その時が来た、という
季節にはさからえないのだ、と

雪はとうに降りやんでしまった、

降り積もった雪の下には
もうちいさく、野心や、いつわりや
欲望の芽がかくされていて
“すべてがそうなってきたのだから
仕方がない”
というひとつの言葉が
遠い嶺のあたりでころげ出すと
もう他の雪をさそって
しかたがない、しかたがない
しかたがない
と、落ちてくる。

ああ、あの雪崩、
あの言葉の
だんだん勢いづき
次第に拡がってくるのが
それが近づいてくるのが

私にはきこえる
私にはきこえる

『雪崩のとき』より(石垣りん詩集 伊藤比呂美 編)


2016年11月14日月曜日

壁を突破する方法 そのアイデアを一つ

松尾古城、石垣が残されていました



壁を突破する方法

「自分の能力では、こなすことができない」

「目標は立てたかど、自分にはそれを達成する才能はない気がする」

「人間関係がこじれて、改善できない」

「職場の環境を変えるなんて、自分一人では無理」

・・・

人それぞれ、日々、さまざまな悩みにぶつかりますね。

悩みが解決できない理由について、

「何かができない」「何かが足りない」など、

と考えることもあるでしょう。

それを「壁」のように感じて、

その「壁」を突破しなければ、

問題を解決できないように感じているかもしれません。

「壁を突破する方法」を見つけたい。

そんな時、どうしたらいいでしょうか。

「壁を突破する方法」は、あるのでしょうか?

まず、考えてみたいのは、

「壁を突破したら、いったい何が手にはいるのか?」

「壁を突破したら、どんな状態になるのか?

ということ。

目の前の「壁」にばかり目を奪われて、

その向こう側に何があるのかが、実は、ぼんやりしていたり、

見失っていませんか。

壁の向こう側にあるものが、何か。

それがハッキリしてくると、

目の前の「壁」は、実は「壁」でなくなることがあります。


「壁」があったとしても、

「まったく、別の方法がある」と気がつき、

これまでとは異なる方法で、

手に入れたいものに近づくことができるかもしれません。


例えば、

人間関係がこじれてしまって、その相手に対して、「何を言っても、通じない」と思うことが

あるかもしれません。

「何をしても、どうにもならない」と感じるかもしれません。

では、その相手との関係を、一体、どうしたいのか?

どんな状態を目指したいのか?

その状態を手に入れるために、何ができるのか?

あらゆる方法を試したつもりでも、まだ、何かできることはないか?

「壁を突破する方法」の一つとして、

まず、

「壁」の向こう側を考えてみてはいかがでしょうか。


2016年11月10日木曜日

【人生を変える質問】 自分を責めるのではなく、前向きにする質問

 長崎駅前、路面電車がかわいい

人生を変える質問とは、どんな質問でしょうか?

それは、自分の予想とは異なる状況に出会ったり、大きな失敗をしてしまったり、

困難な出来事にぶつかった時に、使える質問だといえるかもしれません。

先日、仕事が早めに終わったので、映画でも鑑賞しようと街へ出かけました。

ところが、お目当ての映画は、満席。

女性サービスディだったため、お客さんが多かったようです。

「せっかく、時間ができたのにがっかりだわ」

「映画を鑑賞するために出かけた時間が無駄になってしまった」

「もっと、他の計画を立てたらよかった・・・」

などという思いが、心の中に浮かんできました。

でも、ちょっと、立ち止まって考えました。

そして、気が付きました。

「事実は、変わらない」ということです。

映画館に足を運んだけれども、満席のため、鑑賞することができなかった。

この事実は、変わりません。

しかし、この事実について、どう考えるかは、自分次第です。

つまり、「事実は、変えることができない」けれど、

「どう考えるかは、自分次第で変えられる」ということです。

凹んだり、落ち込んだり、マイナス思考になっているとしたら、

自分自身が前向きになれるように、考え方を変えればいいのです。

考え方を変える際に役立つのが、自分に対する「質問」です。

「この事実・現状から、私が学べることは何だろう?」

「この事実・現状を、どう捉えることができたら、私は前進できるのだろう?」

などなど、事実や現状を踏まえて、自分が学び、成長していけるように、

自分自身に問いを立てるのです。

映画館に足を運んだことは、まっすぐ家に帰るよりも運動になったかもしれません。

映画館までの道沿いにあるお店を確認できたので、

次にお買いものする時の参考になります。

満席だったことは、映画の評判が良い証拠だといえるので、

その映画を選択したことは間違いではないといえるでしょう。

映画を鑑賞しにいこうというゆとりを持てたことは、

時間的にも気持ちも余裕を持てている証拠かもしれません。

事実や現状について、自分を責めたりせず、他人のせいにするのでもなく、

「変わらない」「変えることはできない」ということを踏まえて、

「自分が前進するために、現実をどう捉えたらいいか?」と、自分自身に問いかける。
すると、次の行動が変わり、その後の人生 においても前進していけるように思います。