2016年12月22日木曜日

【あなたには、分からない。あなたは、知らない。その一言は、何のために必要ですか?】


「あなたは、障害者じゃないから、分からないでしょ」

「あなたは、障害者の家族じゃないから、分からないでしょ」

「あなたは、福祉の考え方を知らないでしょ」

そんなふうに、言われることがあります。

「たしかに、そうですね」と思う気持ちもあれば、

「だから、何ですか?」と思う気持ちもあります。

私は、「おかしいな」「変だな」と思うことを、

ほおってはおけない性格なので、それを口にしてしまうことが多いです。

私から「おかしくないですか?」「変じゃないですか?」と問われた相手にしてみれば、

「それは、言ってほしくなかった」と思う気持ちがあるのだろうと思います。

問いに対して、答えがなかったり、

答えを表に出せない事情があるから、

「あなたは、知らない」「あなたには、分からない」と返すしかないのかもしれません。

「あなたは、知らない」「あなたには、分からない」と言われた私は、

自分の知識や経験の不足、立場の違いなどを確認することができます。

しかし、

「知っている」と「知らない」の間に線を引く一言で片づけられてしまうと、

そこから何も生まれない気もします。

「あなたは、知らない」「あなたには、分からない」という言葉の裏側に、

「知ってほしい」「分かってほしい」という思いがあるならば、

どうしたら、その思いが伝わるか。

どうしたら、その思いを共有できるか、が大切なのではないでしょうか。

丸谷才一さんの著書「思考のレッスン」に「謎を育てる」という項目があり、

次のように書かれています。

考える上でまず大事なのは、問いかけです。

つまり、いかに「良い問」をたてるか、ということ。

「良い問いは良い答にまさる」という言葉だってあるでしょう。

では、「良い問」はどうすれば得られるのか?

それにはかねがね持っている「不思議だなあ」という気持ちから出た、

かねがね持っている謎が大事なのです。

一番大事なのは、謎を自分の心に銘記して、常になぜだろう、

どうしてだろうと思い続ける。

思い続けて明確化、意識化することです。

丸谷さん自身は、疑問に思ったことを、ずっと心の片隅において

問い続けたことで理解できた経験をお持ちだそうです。

「謎」は言い換えると、「違和感」にも当たる気がします。

スッと受け入れられないこと、なんか嫌だなと思ったこと、

それらについて「なぜ?」と問いを持つことが、

考えることのスタートかもしれません。

「知らない」「分からない」からこそ出てくる「なぜ?」を

大切にしていこうとも思います。


0 件のコメント:

コメントを投稿