2022年3月23日水曜日

【殺人者の記憶法】自分の記憶が曖昧になることの恐怖

 
 薄暗い森の中、大きなスコップで地面に穴を掘る。
大きな穴に、自分が殺した人間の死体を落して、再び土を被せた。 
 「私は、知りません」。
自分がしたことを知られてはならないと、必死に隠そうとしている。 
 隠し通せるはずはない。嘘をつき続けるのは苦しい。 
 そう思ったところで、パッと目が覚めた。 
 夢だった。 

 なぜ、そんな夢を見たのか、 思い当たることがあった。 
 数日前に見た映画の中で、主人公が殺人を犯して、その死体を森の中に埋めるシーンがあった。 そのシーンが特に気になったわけではなかったが、記憶にこびりついていたらしい。 夢の中で、私自身がその主人公とすり替わってしまった。

 目が覚めて安心はしたが、 夢の中で味わった、罪が暴かれることへの恐怖、プレッシャーを思い返し、 しばらくの間、気持ちが重かった。 

 小説「殺人者の記憶法」(キム・ヨンハ著、吉川凪・訳)は、アルツハイマー型認知症と診断された男の独白で構成されている。 

 男は、猟奇的な連続殺人を犯してきたものの、警察に捕まらず、今まで生きてきた。 
 認知症により、男の記憶が曖昧になっていく中、 男が語る「事実」と、 男に関わる人々が口にする「事実」とが交錯し、 物語の終盤に向かって、その乖離が示されていく。
 客観的な事実が明らかにされていくのだが、 男の頭の中にある「事実」のほうを信じるように、 読者は巧みに誘導されているのかもしれない。

 男の語る「事実」のほうが、事実であるような気がして、 周囲が説明する「事実」とのズレが奇妙に思えてきた。  私は、作者の仕掛けに、まんまと嵌まった読者になったのだろう。 

 読後に思い出したのが、自分が経験した夢のことだ。 
 もしも、あの夢を夢だと思えなかったら? 
 想像を超える恐怖、不安に襲われそうだ。 
 自分の人生、生活は、自分の記憶を基盤に成り立っているのかもしれない。

 さらっと読めるが、深いテーマに触れている作品だった。 

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